今日は朝から財布を変えた際自分のと親のクレジットカードを捨てたと気づく→まだゴミ置き場にあるかと思い管理人に許可を得45ℓのゴミ袋120個ぐらいを一つずつ確認する→昨日のゴミは見つかるが一昨日は見つからず→あきらめて銀行に向かうが案の定親のは再発行できず日本にいないから死ね日本の銀行→松屋で箸を落とし目の前に女子高生が歩くがシカトされる→とりあえず学校で授業に出て「ヴィジョナリーカンパニー」を読む→6限の途中で院生の先輩からお前だけ卒論計画書出してないよとりあえず終わったら速攻来いというメールが届く→情報処理室行って助手にあってもしかしたら留年という宣告を受ける→流石にここまで来るとダメージがでかすぎてお腹がもうすいてないので当初考えてた油そばの代わりにカツカレーを食う→今に至る。
まあ、基本的に全て自分の甘さが悪いんで誰のせいにもできないんですが、もうちょっとひどいよね。帰る途中一回チャリ止めてふつうに歩道で五分ぐらいボーっと佇んでたもん。初めてだよこんなこと。ってか自分の認識が甘い。ツメが甘い。思い込みで生きてる。これだからコンティンジェンシーについてつっこまれるんだよね...。はあ。そこが一番ショックだわ。自分のアホさ。まあ、ある意味ここから学べばいいんだけどね。
というわけで色々考えるわけですよ。ただでさえビジネスセミナーで果たして就職することに意味があるのかを悩んでいる時、ここで留年?ある意味終止符。ある意味転機。なにかのメッセージではないだろうかと思ってしまう。
考えてみると、大学の学位なんてようは就職するためにあるような物で、極論就職したいと思える企業が2つぐらいしかない自分にとって、果たして学位に意味があるんだろうか。そういうことでしょ?
まあ、留年したとしてのオプションは
①やめる→起業
②続ける→起業
③続ける→一年有意義に使う→普通に就職
とりあえずファクターを掘り出すと
- 続ける場合
- 親の承諾が必要。ようは親がこれを求める。ただ、学費と家賃をさらに一年分出してもらうのは正直申し訳ない。酷すぎるでしょ。まあ退学×2も酷いが。
- もし親がOKなら一年有意義はかなり魅力的。やっとヨーロッパにいけるし、建築の勉強もできるかも。
むう、ま、とりあえず今日はこれぐらいで。明日結果が出るわけだしね。